長篠の支城に陣を構えて、家康は武田を迎える。
後詰の戦法を取ってくることは地理的にも、状況的にも明らかだ。
かといってこちらから仕掛けるわけにもいかない。
そして、あちらは知っているのだろうが後詰にあたる織田は今やない。
代わりに分かっているのは元織田配下の出兵。
最小限足りるものだけを借りると約束したが、織田軍下にあった彼らとて家康と一蓮托生の状態にある。
それなり以上の軍で臨んできた。
決戦に備えて、本多の隊が出た後の家康のもとにも、その様子は伝わってきた。
「川尻、上流に二千の軍」
「明智・柴田が既に、鳶ヶ巣山砦側へ向かい、二方から進行」
頷いて、じっくり構える余裕はない現状だったが、家康がそう装って振る舞える程度に、戦況は悪くなかった。
「上杉の使者より不可侵の約定有り」
「佐久間、三千を投入」
「伊達、出兵の情報。攪乱に一役買い、我らに恩を売る考えかと」
戦いの結果は見えていたはずだ。
どうやってもこちらのぶが悪かったのだ。だが……もしや、逃れられるかもしれない。周囲の動きもいざこちらに勝機がきたときを考えてのものになっている。
――そうはいっても、高望みか……。
背水の陣。
いざというときの籠城に、この支城は不向きである。
家康がそれは一番よく知っていた。
「伝令」
第三の知らせ――忍び隊、服部半蔵に、すぐ声を返す。
「犬千代は、どこに」
尋ねれば、すぐ明確な答えがあった。
「……そうか」
確かに、こちらに優位な場所をとっているようだ。
だが、敢えてずらすよう、指示を出す。
なぜなら、その手前、
「殿、堺は兵を五千用意したと――!」
報告に、唸らなかったのが不思議なほどだが……予想より三千以上多い兵力が来たのである。
――勝てるわけはない。だが逃れられるか……
これを脅しに相手が撤退してくれないかと祈る反面、堺――豊臣の用意は出来過ぎでもあった。
万が一生き延びたとして、借りを作りたくはないという思いもなくはない。
――そうか、ワシは生きるつもりになってきたか。
気づくと不思議なもので、妙に落ち着いてくる。(状況は相変わらず限りなく絶望的なのだが)
軍議から、既に戦へ……周りも慌ただしく動き出した。
そろそろ自分も本陣を動かさざるを得ない。
……と。
ふと、その視線の向こう。
軽く一戦すでに交えてきたのだろう。紅い閃光を伴った、人という規格に納まらない家康なじみの部下が向かってくるのが見える。
目の前に降り立った彼は、
「忠勝」
キュインと軌道を逸らし、ぶつからぬよう避けた相手――本多忠勝だ。
こちらを見やる鋭い瞳。
疵のかわりに、鎧のそこかしこが擦れている。
恐らくは先陣にぶつかったのだろう。
――真田幸村か、あるいは山県隊か……。
「もう出るか?」
明智が砦側にまわりこんだとしたら、今度こそ、向き直って本隊同士がぶつかることになる。
家康自らも今回はこれ以上此処にこもるつもりはない。
だが、それ以上に本多は重要な戦力だ。先をつとめずどうする。いわんばかりに、赤く光を灯す静かな瞳。
多くを語らぬ目が、鎧兜の奥でぎらと光り、先に行くと無言のうちに告げてくる。
「船着山方面にて待機せよと犬千代に伝えてくれ」
――それさえ上手くいけば……
勝機はないとも限らない。
無論、信長たちの穴を予想以上とはいえそれだけの兵では埋められるとも思えないが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
そう思っての選択だった。
* * * *
ところが……
「何?武田が撤退していく?」
砦を放棄するつもりか。それとも何か作戦があってのことか。
――信玄公相手だ……何をしでかされるかわからん。
だが、本隊はすでに退却気味だときく。
このまま押すべきか、それとも様子を見るか。
結局、総決戦にもつれこんだのち、微妙な場面で撤退――真田幸村も前線にいない状態だったと聞く――長篠は、徳川・織田連合の勝利となった。
豊臣の兵力と、作戦が生きたとも言われるが……
「犬千代、実際何があったんだ?」
「――わからん」
後に二人がそうかわした言葉どおり、武田は完全に潰えたでもなく……不気味なほどに動きの意味が読み取れぬ状況が、しばし続く。
おかげで、まずは織田の裏切り者を〜本能寺の犯人を〜と捜す時間も出来たのだが。
ダイジェストながら、四時衆のつづき。そりゃね、武田がどうして撤退したのか、なぜ自分らがどうにかなったのかなんてこの段階じゃわかりっこないわけですよ。お館様あぁぁの策略かなと不安にもなるってもんだ。大切な場面ではありますが、取りあえず。このあと、信玄息子暴走
※これがのちの武田側 祭りのあとシリーズへ繋がる発端になります。※