歌舞伎町   05> 「デビューA」

一方、デビュー組は警察とは真逆。
 いわゆる闇の方面にもいた。 
 こちらが「巡回」中の二人目である。
 名前は日吉若。
 闇ルートの情報屋というわけではない。
 こちらの世界での情報屋は軽い存在ではなく、むしろ重鎮であり、いわば警察と裏社会との絶妙な位置を保つ別種にカウントされる。
 ならば?というと、それは組織の裏方。
 一般的に掃除屋や情報屋といわれる人間と闇とはいえ、普通の看板を掲げている店部門(裏には当然企業の存在があるのだが)を結ぶ仲介屋である。
 仲介屋は組織側の人間の場合が多いが、基本的に数年で変わり、また別の場所で働く。
 時には用心棒を引き受け、そちらにデビューしたり、逆に情報屋として食っていく人間もいるが基本的にはどこかの、何かの見習いといってもいい存在だ。
 日吉はこの界隈では一番の企業、榊グループの仲介屋を引き受けた。
 言い付かった店は跡部のバーである。
 ママは「けーちゃん」と呼ばれ、その近隣では知らぬものはいない。
 【準備中】の札をすり抜け、暗い店内に入ると見知った顔が出てきた。
 あらかじめ聞かされていたとはいえ、まだ少年を出たばかりの彼は多少緊張した面持ちでお辞儀をした。
 習ったとおりの作法にのっとってだ。

「なんだ、担当は日吉になったのか?」

「……ええ」

 店の持ち主は榊グループとはいえ、外部で、基本として傘下であって、傘下でない微妙な立場だが、真っ当な大企業とつながりがあるため、重要視されている。
 下克上して、この店を得ようとは思わないが、何とかここでの勢力としてはバーのママにはるようになりたいと思っているのも事実だった。
 何故なら、そう問いかけてきたママこと跡部景吾には少なからず因縁があり(昔の先輩だった)彼が目標であり憧れの対象でありながら、何より勝ちたいという気持ちを抱いていたからだ。

「うちの掃除は忍足だ。派遣も全部あいつに任せてる。てめぇはてめぇで仕事を探せ。いいな?」

「……分かりました。部長」

「部長じゃねー。ここではオーナーだ」

「……同じようなものでしょうが?」

「よくいうぜ」

 気の知れた人間だけに気軽になっているのだろうか。
 仕事前だからだろうか。
 跡部はそういって、さっさとカウンターに戻ると、

「おら、座れ」

 仲介屋だろうが、客は客なんだよ。
 ぶっきらぼうに持て成しをはじめた。
 シェイカーが小気味のいい音を立てて、中の透き通った液体を白濁させていく。

「……はい」

 皮肉にもこういう仕草が何より格好よく、気遣いが堪らなくにくい男だ。
 日吉は再認識しながら、やむを得ず席についた。

「仲介が付くのは不本意だが、太郎のヤロウにはやられたぜ」

「……監督には考えがあってのことだと思いますが……」

「ちげーな。これじゃ断れねーだろ?日吉も、俺も。忍足は基本、フリーだからな」

「それじゃ危ういと?」

「そう思われてこその情報屋だ。あいつは掃除担当だけど腕はいい。相変わらず軽いが」

「……軽い……」

 思い当たったのは先ほど町ですれ違った、これまた知己、芥川慈郎だったのだが、あえて触れないでいようと思った。
 沈黙が訪れるかと思われたが、日吉の呟きは、

「な?樺地?」

「ウス」

 毎度のやり取りに消される。

「樺地も……ですか?」

「いや、こいつは俺が雇ってる。用心棒としてな」

 実際樺地の体格、見た目は十分似合っているような気がした。
 性質は意外と優しいのだが、闇だからといって、皆が皆気性が激しいわけではない。
 現に先ほどから跡部が口に出している忍足などは見た目も気性も洗いどころか「適当さ」がにじみでた人間だ。
 別のところでの才能を知っているので、何も言わないが、知らない人間からすればあれで歌舞伎町一番の掃除屋とは思えないだろう。曲者の一言が相応しい。

「まあ飲め」

 跡部は青と白濁の微妙なバランスのカクテルをグラスに注ぎ、自分は残りを飲み干した。
 行儀が悪いはずの仕草に日吉はぼっと見惚れてしまった。
 男が見ても綺麗なのは顔立ちのせいだけではなく、むしろ一々の動作の優美に起因するのだろう。

「アーン?」

 変わらない口癖にはやされてあわててグラスを手に取った。

「いただきますよ」

 今夜が日吉のデビューなのだ。


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