File:10  〜 SIDE Kiyosumi Sengoku

 差し入れは後で。
 残した約束は果たす。
 手元にはきちんと跡部君の「お使い」の成果――南のスペシャルカレーだ。

(そんな理由で、手塚の部屋の前にいるんだけど……)

「苦手克服、か……」

 『千石は優等生苦手だからな』
 南の苦笑が思い出されて、「そうでもないよ」と一人ごちた。
 実際は……

(やっぱ、苦手……?)

 ちがう。
 単純に嫌悪してるだけだ。
 でも、『手塚国光』自体が嫌いなのではない。
 明確なのは彼が――

「知らなすぎるのもフェアじゃない」 

 ていうか俺が彼を嫌いになりたくないってだけかもしれないけど。
 そこがネックなんだよな。
 俺はブツブツ言いながら何とかドアをあけ、

「やっほ」

 最初と同じように笑う。
 ただ、いつだかの東方の言い分によれば、「お前の笑顔は時おり邪気をはらんでみえるからな」だそうで――今回もそう見られたのかもしれない。
 手塚君は「ああ」と、毎度の頷きを返したが、表情は若干強張っていた。
 俺の気のせいかどうか分からない。

「跡部は……」

「ん?」

(ああ。そういうことね)

「出られるよ。けど、あんまり好ましいことじゃない」

 先読みして、答えを出す。
 ――外に出ないですめば、危険も減る。
 かといって、閉じこめてはおけない。
 それに、早々簡単に抜けられるとは言えない。
 上層部の――トップの狙いを知ってるだけに、一概にそうとも言い切れないが、この年代の数年というのは本当に貴重だ。

(そんなの知ってるってーの)

 俺だってまだ枯れちゃいない。

「何故だ?」

「外の方が危険だから、って言いたいけど、『跡部』は有名だし?」

「見つかるとマズイのか?」

「当然」

 まずいのが目撃してしまった相手の方だということまでは、この目の前の堅物には分かってないだろう。
 元々手塚国光という男は天才肌だが、そこまで察しがいいタイプではなく――青学に要注意なのがいたすれば、不二周助と乾貞治。あるいは桃城か――

「君も同じだけどね。見つかる確率でいえば」

「いや、『跡部』は特別なのだろう」

「ふうん。何も知らないのかと思ってた」

「そうか」

「ぼーっとしてみえるからね」

「よく母に言われる」

 その表現が過去形になるのに、どれくらいの月日で済むのか――手塚君は知らないだろう。
『アイツはこういって「た」』
『家族はこう「した」』
 その段階を抜けて、次には『アイツなら平気だ「ろう」』『こうする「だろう」』と、推測になっていく。
 その長さを――重さは、彼にとっては未知のもの。
 それは仕方ない。

(同じようになっていくのか、それとも……)

 ま、俺のしったこっちゃない。
 上層部から察するに、手塚は特別だ。
 俺にはそれが面白くない?
 いやそんなことはない。

(止ーめたっ)

 ここにいると気分を害する。
 俺だけでなくて――

「………バランスが悪いんだよね」

「?」

 手塚君がきょとんとした。
 その合間、俺はさっと机にトレーの入ったビニール袋を置く。
 直接抱えてはいなかったが手元を離れた温もりがなんだか名残惜しかった。

「なんでもない。それ、君の知ってる人が作ってるんだ。よければ温かいうちに食べてやって?」

「……ああ」

 南なんて、覚えてないかもしれない。
 思いかけて黙り込む。
 
(手塚君はそこまで薄情な人じゃないよ……)

 そうだ。
 だからあいつが――……

「食べていいのか……?」 

 誰か聞いていいのか?
 声には二重の意味があって、俺はにかっと笑った。
 教えてなんてやらない。
 ――南の所在をこれ以上広げてやるもんか。
 そういわんばかりに。

 けど、マジに美味いからさ……。

「急いで食べてよ。……あっ、けど、好き嫌い言ったら、俺怒るからね」

 だからシッカリ、平らげてよ。
 そうしたら、文句は言えないから。 
 俺は、言うだけ言うと部屋を引き上げた。
 思えば、手塚君との会話はいつも無理やり打ち切っている。
 今度はもう少し話してもいいかもしれない。

TO BE CONTINUED =SIDE


ごめん。意味のある話はできてない……色々な重みは伝えてしまっているのだけれど。

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