File:11  〜 SIDE Keigo Atobe

(千石のやることなんぞ予想はついてんだよ)

 別段どうということのないビルに脚を踏み入れれば、おのずと店の等級は知れた。
 が……
 
 カランコロ〜ン……
 安っぽいベルが響いて、中に1歩踏み出せば、温かい空気。
 思わずホッとしてしまう自分がいるのも現実だった。

「……アーン?」

 調子が元に戻ってしまう。
 約束は――自分を極力出さないこと。
 千石は言った。
『跡部君は態度に出るからね。もう少しだらんとして……そうそう、アックンなみに。折角人相悪く仕上げてるんだしさ……っていっても、綺麗すぎるからそこまでヤンキーっぽくならないのがなぁ……。いっそ上品でいってみる?』
 
(うっせぇ……)
 
 かったるい。
 だが、ここで万が一誰かが――自分を知る誰かが気付いてしまえば、その人間が屠られることになる。
 可愛いっしょ?
 人懐こく笑う千石ほど残酷な者はない。
 俺は諦めて【選択した方の自分】を演じる。
 ちょっと悪ぶってる優等生。
 千石の書いたシナリオではそうなっていた。
 ヤツの見立てた黒の皮ジャンと、コンバットブーツなみにゴツイブーツ。編みこまれた紐がだらんとして、草臥れたTシャツとともにだらしなさを演出する。

(何が『ちょっとおしゃれじゃん?』なんだ?)

 この手の服装は分からねぇ。
 ビジュアル系手前だとあのオレンジが絶賛してたが、これならまだ軍服モドキのほうがよかったと思う。(最初に組織につれてこられたとき制服だと騙されたカーキのあれだ)
 オマケに、この服装は――

(ここにはそぐわねーんじゃねーのか……)

 思わずぼやく。
 上品な感じの大理石もどき(偽物だ。当然。俺様の目は誤魔化せねぇ)と、しっかりした木造りのカウンター。
 ビロード地ではないが、それなりにもののいい絨毯が奥の一角には敷かれ、まばらに席もあるようだった。
 まあ、ほとんどがカウンター席だが。

(……それに、客層はよくはねーな)

 なるほど。
 これなら、店の雰囲気にはそぐわずとドレスコードは問われないだろう。
 売れないミュージシャンらしきものやら、夜の仕事のもの、あるいは微妙にくたびれた雰囲気のリーマンと、お水ではないだろうが何処かプロを匂わせる女が集う。
 様様に酒を頼み、つまみを味わっているようだ。

「……バーじゃねーかよ……」

 どこのどいつだ?
 カレー屋だと抜かした阿呆は。
 俺はため息をつきかけたが、自粛した。
 何を言っても無駄。
 と、同時に、その馬鹿は此処には居ない。
 さっさと注文して帰るに越したことはない。
 どう格好つけようと食事はとらねばならなかったし――ここで食べてこいといわれたし――手塚や、あの馬鹿の分も買わないと後が怖い。

 カウンターの端、『マスターと話しやすいところ』――そう千石に指定された場所に腰掛け、あっちが気がつくのを待つ。
 あっち?
 
「ん?」

「どうかしました?ご注文ですか?」

 柔和に話しかけるマスターの顔には覚えがあった。
 忘れるはずがない。

(そういうことかよ……)

「……南、か……」

「は?」

 生憎――ラッキーにも相手は呟きを聞かず、俺は漏らした言葉を何とか誤魔化すように

「カレーだ」

「はぁ」

「美味いときいた……」

 千石メモによるところの「無口な男」の口調を真似てそう告げた。

「持ち帰りも二つ頼む……」

「了解いたしました。飲み物は何か?」

「……シャンペンはあるか?」

 たまのアルコールくらい許されるだろう。
 そうでもなきゃやってられねーよ。
 カレーにシャンペンっていうのも……と思ったが――こういうところの安酒は俺は好かないし――南、あの千石のところの部長は曇りのない爽やかさで「おすすめは〜」と俺にメニューを見せた。

「それでいい」

 キャンティクラシコにしとけばよかったか?と、悪くないワインこみのリストに目を走らせながらも、甘すぎないか確かめて、チョイスを任せた。
 そもそも千石の話に南が出てきている時点で危ぶむべきだったのかもしれない。
 ただ、この場合俺の正体が見破られて泣くのは何より千石だろう。

(信頼、されてるのか?)

 それとも、何かあれば、目撃者(南)よりも俺を消すという牽制か?
 ……否、それはない。
 消すなら消すでさっさと消しているだろう。
 千石はそれで悩まなくも傷つかなくもないくせに、そういったことを笑ってできる男だ。

「最近、向かいの研究所の方とかもよく食べにくるんですよね……不思議なんだけど。最初、カレーはメニューリストにはのっけてなかったのに」

 独り言とも会話ともつかないが、嫌でない合いの手をいれて、飲み物を注ぐ南をみていると、ふと自分が千石になってここにいるような錯覚を覚える。
 そんなに二人でいるシーンをみてはいない。
 ただ、千石がくつろぐ場所があるとしたら、それはここで――。
 ここを潰さないようにしなければ、と、既に俺の注意力は否が応でも上がってきている。
 
「大分なれたもんだな……」

 オレンジ髪のアイツの映る写真は、カウンターの右奥に。 
 右目に見ながら、俺はぼやく。

「場所は悪いが、いい店だな」

 はっきり、次は会話にしようとして言ってやると、南は眉を上げておどろいた表情を見せた。
 褒められなれていないのだろう。(千石など逆に元気付けながらもけなしていそうだ)

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 その謙虚な姿勢が何となく嬉しくて、俺はもう一杯薦められるままに普段飲まないカクテルをもらった。

「カレーにも意外と合うんだな」

「カレー屋じゃなくて、バーと喫茶店なんですけど、そう喜んでもらえるとカレーにあわせたくなっちゃうんだよなぁ」

 ぼそりと心からのぼやきが聞こえた。
 俺はそっときかぬふりで、スプーンを動かした。
 やがて店の奥からも、「カレーを」と声が聞こえた。

「ああ、あの人が噂の常連なんです」

 さり気なく目を走らせ――

(赤澤……?!)

 二度目の衝撃から思わずたちくらみ(座っているから単純にふらついた、というべきか)を起すが、そのときには既に相手は消えていた。
 どこまでが計算なのだろうか。
 千石に頭の痛い思いをしながら、一さじすくいなおしたカレーは辛く……だが、評判どおりとても美味かった。
 いいタイミングで用意されていた持ち帰り用のカレーを持って、俺はお勘定を多めに置いた。
 どうせ、あの中で使うことなどないだろう。
 取り上げられたカードがあれば、この店をいい場所に移してやるのに……。
 ふとそうも思ったが、

(馬鹿馬鹿しい……)

 今の俺には何もできねーし、できたところでこの店は、あの馬鹿のためにも他に南の味を知る者のためにも、ここにヒッソリある方がいいのだろう。
 影などしらないものが、間近に放つ光のなんとまばゆいことか。
 また冷たい空の下、安っぽいネオンをすりぬけて、部屋に戻るまでに身体は大分あったまっていた。

TO BE CONTINUED =SIDE 【B】


跡部はいい子だと思う。わりと……

戻る