File:11 〜 SIDE【B】:01 Genichirou Sanada
一企業の個室で会うのは気が引けたが、相手は幸村だ。
こちらも警官として正式配属の辞令は出ていない。
上に一応指示を仰ごうとも思ったが、「元同級生と、内定をとったばかりの学生が会うのになぜ問題がある?」と一笑に伏されるだろう。
そう、日吉に言われて止めた。
ちなみに、日吉若とは同じような境遇の中、何度も顔をあわせている。
ここに手塚を含めて、本来ならば三人。
家に警察関係者がいたり、あるいは血縁の道場が警察向けだったりするメンバーだ。
幸村はそれを知っていて、ただの同級生として、ではなく、警察側の人間として俺を代表に呼んだのだ。
「菊丸の捜索届は戻しておいた」
軽く挨拶をして、勧められた席に腰掛けてから報告をする。
前にある大きなデスクは幸村の現在の地位を示していた。
「そっちはシーズンオフか」
「そんなところだ。それから、菊丸の件は知っているよ。彼はうちできちんと働いている」
テニス選手と、企業の経営陣。
二つをこなすことなど、不可能だろうと思ったが、幸村ならば話は別だ。
『全てを自分でやろうするのは愚か者の考えだ』
いつだか、部のことで、幸村はそう零した。
あの言葉どおり、この状況にあっても決して一人で動いてはいないのだろう。
配分、采配……そういった類の「見極め」に関しては、幸村は天才的な腕を発揮する。本人の能力は勿論高いが、華奢な身体に隠されたパワーとともに、その如際のない読みこそが、学生時代から幸村精市という男の持ち味だった。
「ああ」
頷いて様子を伺う。
(俺はまだ幸村の下にいる)
ともに歩いている。
進路、組織、所属――そういったものでは図れない信頼と、まるで摂理のような関係が俺と幸村の間にはある。
「……失敗すると思わなかった。これはこちらの責任だ。警察の出る幕じゃない」
「司法の名の下にあるのは警察(こちら)だ」
「内定、決まったのか」
国家公務員試験には通ったんだね。
伝えていなかったのかと、言葉を返そうとすれば、幸村はクスリと笑った。
通らなくとも、ごり押ししただろうが、その必要がないことなど重々承知していたに違いない。
当然だな、とその瞳が悪戯っぽくきらりと光った。
「おかげさまでな」
「日吉君も?」
「来年受験だが、合格間違えないだろう」
「警察向けの道場主の跡取りが二人。……これは面白いことになるかもしれない」
――お前にとっても、か……。
言いかけて、俺は口を噤む。
正義とはそれぞれの信念の名の下にあるもので規範には決してならない。
これは柳の持論だったか。
あるいは仁王かもしれない。
(幸村の正義は俺の正義だ)
全てを信じきっているからとは言わない。
だが偶然だろうが何だろうが、気付けば道を重ねる人間はいる。
運命と言い切ってしまえば、いっそ小奇麗だが、それだけではない。
「俺は此処を選んでいるのだ」
リスクはあった。
幸村の居る側は企業で、警察に協力――といえば、聞こえがいいが、早い話えこひいきともいえる程度に、タッグを組んだり、双方の情報提供をしている。
曲がったことは嫌いで、公権力こそが真実を突き詰める唯一の手段だと思ってきた俺にとって、これは許しがたいこと……そのはずだった。
だが、幸村、という人間には信じる価値があり――下手な組織への信念を曲げても信じるべき道義がある。
俺は幸村ならばと、上とのつなぎを引き受けてきた。
あの事件にもならない事件と軽いと思われがちな事件――跡部の失踪と、ある特定の企業の談合を親類を通じ、関係者からきかされてからずっとだ。
幸村は期待を裏切らない。
こうなると予想していた、と、嘆息し、
「知っている。――だから、期待には沿おう」
協力を自ら名乗り出た。
幸村が『モデル』として、企業にいると思っていた俺にとっては波乱の幕あけだった。
ことん。
置かれたカップには、上質のミルクティーが注がれている。
事態が一刻を争うタイプのものではない――恐らく人命までは関わっていないという点において――ということもあって、少しゆったりとするゆとりも出てきた。
(囮作戦は失敗したのだから……)
「頼りになる人間は既に派遣した」
こちらの憂慮を知ってだろうか。
次の手について、幸村は簡潔に述べてくれる。
「裏側からか?」
裏――幸村の子飼い組織はちょっとしたものらしい。情報を主とし、どこの企業もが外部の興信所に頼む内容を全て牛耳る自社内の部署を、幸村の会社(と敢えて言い切りたい)は持っている。
これは実際は、上司からきいたことで本人から聞いたのではない。
どこまで本当か疑わしいが一つだけ知っているのは、そこには旧知の人物が属しているということだ。
広すぎるデスクのうえ、書類を一つ放って寄越し、幸村は告げた。
「ブン太を。それから、表側からも面白い人物を動かしている」
「柳か?」
「そっちは今頃、≪偶々≫研究で【出向】してくれているはずだ。榊コーポレーションに」
「では――」
誰なのか?
裏方でもないのに使える人物がいるということは……
(まさか、テニス関係者、か……?)
ふと縮れ髪の後輩の顔が浮かんだが、あの好戦的な後輩はまだまだ学生だったはずだ。ついでに言えば幸村の含んだ笑みを見るに違うだろう予測も軽くついた。
もっと、頭脳派――柳と張るような、人間。
心当たりがないわけではないが、同じ部長でも気付かぬうちに囮を任されている手塚は相手の手におち、跡部に至ってはこちらが動くより先に消えていた。
食わせ者といわれた研究者――柳の幼馴染は何も知らない様子で、幸村の言を借りれば「利用させてもらった」方に入る。ついで要チェックと聞かされた観月は敵陣の、平社員。ようするは何も知らない一般のグループだ。
(残るのは……)
「仁王か?」
心あたりを出すが、幸村は「違う」と率直に返す。
会議の資料を、片手にあさっていたが、何か思うところがあるようだ。
俺は沈黙を守る。
幸村との会話は、待つこと、聴くことが重要になる。
言葉は選んで話され、幸村の人格と思惑を淡々と伝えてくる。
それを知りたいと俺は、普段以上に無口になった。
「アレはこちら側に引きずられかねないからな。まだ声かけを避けている。柳生もだ。なるべく普通の生活を送って欲しいと思う」
そこにある慈悲――正しくない表現だろうが、幸村に似合う言葉だ。
「ジャッカルも、とな?」
「彼は……うちの飼い犬のせいで、餌付け係として半端に関わってしまっているがな」
笑うと旅愁に縁取られた忙しいヤツの目が輝いて、ほんの少しこちらも気が休まる。
長年の付き合いになるが、まだまだ読めないことが多いのだ。
「……青学の面子だよ」
懐かしい学校名をい言われればピンときた。
残る人物の中で、必死に失踪した彼らの居場所を探す人間――ついでに、使える人間というと駒は限られている。
(氷帝のメンバーか、あるいはあいつかしかいないからな)
「不二周助、か」
「ご名答。御し難いけどね」
「確かに」
あれは骨だろう。
何を考えているのか、俺にいわせれば分からないところも多い。
が、幸村とは似た空気を纏っているとも思う。
「氷帝のメンバーは危険すぎる。――榊先生がどうでることか。……日吉は苦しんでいた?」
「……ああ。日吉は監督を慕っていたようだ。無理もあるまい」
問題にされている組織の『表』にあるだろう「企業」の方は有名だった。
数年前から、教師を引退した氷帝の監督――榊太郎がまずは顧問弁護士を、その後取り締まり代理をしているという。業界でも有名なやり手の出現は、幾度となく経済誌を中心にマスコミ各社を騒がせたが、方法も動きもビジネスは堅実で、警察からは文句のつけどころのない優良企業であった。
裏の顔さえ噂されなければ……。
「彼は例外だ。跡部の失踪で気が立っているが、上手く『誰か』が抑えている。あちらが動くのも問題だろうが、榊太郎を中心に巻き込んだら最後――全てが面倒を引き起こすだけ。そういうことだよ」
「では、あの企業が本当に……。いや、だが榊先生は……」
「そうだな。確かに――俺には、別の影が見える。それでも、他言にしないことだ」
「言ってはまずいのか」
「すまない」
肯定のしるし。
幸村は、自らも紅茶を注ぎいれたカップに口をつけると、話はおしまいだというように、書類に三度目を落とした。
こうされてしまうと、もう何もいえまい。
無論、氷帝の誰か――例え跡部の失踪を危ぶんで心配している者だとしても、口を割ることは出来ない。
男同士の約束――まして幸村相手の言霊は、何より強い呪縛になる。
誰かの――そしてほかならぬ幸村自身のテニス生命もかかっているのだ。
「真田。俺達はまだ戦える」
「『どんな場所でも』か」
「そうだ。……開かれたスポーツの場を、これ以上汚されるのはたまらないな」
「≪跡部≫の参入か?」
あの企業は元々財閥の生き残りだ。しかも徹底した実力主義と、上のカリスマ。次の代を担う≪ヤツ≫自体は今生存場所すら危ういが……それとどう話が繋がるのだろうか。
「分からない」と顔に描いてあったのだろう。
幸村は一瞥して、謎賭けのような会話を続けた。
「あそこのスポーツ部門はでかくなるだろう。
――均衡が崩れる。
……それはもっと昔から決まっていたのかもしれない」
(なるほどそういうことか)
「犯人の狙いは、それだと?」
「………」
沈黙は肯定。
――だが、それならば手塚はどうしたのだろうか?
問おうとして、幸村の凛とした横顔に硬直させられた。
「そんなに焦るな」
跡部の失踪。
跡部本社のスポーツ業界の参入。
手塚の件――この会社と、警察とでの秘密裏な≪囮≫と追跡(マーク)の失敗。
助っ人と、研究所同士の提携、それから丸井らの働き。
警察(こちら)側に出来ることは、もうほとんどない。
それは、幸村たちと手を組むことを決めた瞬間にももう見えていたことだ。
(だが……)
俺は無力に手を握り締めていたらしい。
そうして、気付けば目の前まで来ていた幸村に、
「――日吉と君でないと動きが取れない局面も出てくる」
静かに告げられてしまう。
その、あまりに冷たい笑みに、思わず唇をかみ締める。
幸村の微笑は、自分が馬鹿にされているのではなく、頼られている実感を与えてくれた。
しかし、それ以上に、俺には、『幸村』の側も何故だかまた、遠く感じられてならなかった。
TO BE CONTINUED =SIDE HIYOSHI
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