File:05 〜 SIDE Kiyosumi Sengoku
「はろー」
「……営業時間外だぞ」
カウンターで背中を向ける南に声をかけると、憮然としたような、呆れたような声が返ってきた。
バーと喫茶店が主のこの店のオーナーは、旧友で、同級生。
元部長。
もしかしたら、跡部と同じで今も俺らの部長なのかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、ギャルソン姿の南のエプロンを引っ張る。
「何か喰わして」
情けない声を出したら、南は「仕方ないな」というふうに肩をすぼめた。
(本気で情けねーの……)
任務につかれたときや過度なストレスが溜まったとき、ついつい此処を訪れてしまう。
民間人の南を引きずりこむつもりは毛頭ないが、旧知だと知られてる以上ここを見張っておくのは基本中の基本っしょ。
本当の上層部の嗅覚は鋭い。
そのうちの一人、榊先生にばれてないのが不思議なくらいだ。
店内を見渡し、安全を確認。
ポイントごとに盗聴器の電波をチェックし、何もないとわかると俺はカウンターの端っこに腰掛けた。
「カレーが食いたい」
我がままを言う。
お人よしの南は、それでいてシッカリしているから、俺が何をしているか時おり真剣に尋ねてきたがそれも最初のうちのこと。
どうしようもなくて、素面で言いよどんだとき、「わかった、もう聞かないから。……あんまり無茶はするなよ」と背を向けて――やっぱりカレーを作った。
カレーが好きなのかと思えばそうでもないらしい。
常連客に、通がいて、ベタボメされた影響とか。
後に、研究所を尋ねて、その意外な理由が分かるのだが(研究員の同居人ってだけでもアレなのに、まさか肌の浅黒いルドルフの部長さんだとはね……)それはまた別の話。
「ちょっと待ってろ」
煮込むだけだから。
用意を始める南。
息を着くと、思った以上に大きなものになってしまい、慌てて口を押さえた。
「無理してるのか?」
「……あー、う?何ていうか、新人教育?…押し付けられちゃってさぁ」
俺、苦手じゃん?
軽口を叩けば、記憶力がいいヤツは、
「前はものすごく偉そうなヤツだっていってたよな。別口か?」
「今度は上品すぎて苦手」
「なるほど。優等生とはそりがあわなそうだからな、千石は」
(無意識で言い当ててるあたりが素晴らしいよ、南君)
青学の手塚を一単語で言えば、紛れもなく「優等生」。あるいは「真面目君」だ。
南はバランス感覚も、人を察する力もあるから、時おりこっちがひやっとさせられるけれど、見破られている自分が面白いのも本当のところ。
ここは空間ごと、そういうものが溢れていて――手っ取り早い話が、俺ごのみで、温かかった。
流石に凄惨な仕事の後はキツイからお邪魔しないけど、一度くらい本当はあのプライドが服を着て歩いているような『部下』をつれてきてやりたいとも思う。
(無論、随分丸くなったもんだよな……)
とはいえ、もともと、跡部は嫌いじゃない人種だ。
差し出されたカレーの皿を受け取って、スプーンでかき混ぜながら、俺は判断する。
「南、真面目な人を動かす為にはどうすべき?」
「あ?こっちも誠意で答える――のは無理だろうな?」
うわ。
ひでー。俺のこと?
……当たっているから黙っとくか。
一口すくって食べると、カレーは予想よりスパイスが効いていて、どっちみち静かにせざるを得なかった。
水を含んで、その後、南の言葉に抗議しようと思うも――
「どうしたいんだ?本当に『動かしたい』のか?……それとも、『従わせたい』のか?」
的確に言うものだから。
「取りあえずコッチの言うこと素直にきいてもらえればいいや。別に他のことなんてしったこっちゃないし」
「相変わらずなヤツだなぁ」
「俺はどうせ南みたいに、時間外労働を只でしたくなるような善人じゃないですよーだ」
「職場、よくないみたいだし、まあ仕方ないだろ」
「……うん」
(よくない、ね?)
いや、好きで選んだからには仕方ない。
事情もあったが、決めるのは俺。
『俺様とテニスできる分、【ラッキー】なんだよ?てめーは』
どこからともなく、聞こえる幻聴に、思わず笑みがこぼれた。
これは苦笑には見えてしまうかもしれないけど、絶対自嘲にはなっていない。
「そだ。そのうち、南も打たねー?俺さ、最近、また練習始めたから、なかなかに負けないよ?」
「ほお。そりゃ初耳だ。――シングルスだと分が悪いけど、たまには付き合ってもいいな」
「ダブルスもありなんだけどね」
(今はまだ跡部君をつれてこられやしないから)
こうなりゃいっそのこと、天下の手塚国光からも技をもぎ取るか?
思うとちょっとだけ笑えた。
「じゃ、俺がもっと強くなる前にやろうじゃん。来週でもどう?」
「そうだな」
それはいいから早く食え。夜の準備が出来ないだろうが。
怒ってみせる南に、ちょっと慌てて見せて――
俺の休暇が終わる。
明日から一週間で、手塚を使えるように見せかけられる程度にする。
本人に、「そこそこまでなら出来る」と思わせれば、俺の仕事は終わり。
(別に本気でやったところで、手塚国光に影は似合わないし)
ならば跡部にはどうだ?といわれると答えかねるのだが。
「ま、せいぜい頑張って」
「言うじゃないか?……俺はお前と違ってしっかりスクールを見てるんだぞ?」
自分にかけられた挑発だと思ったのだろう。
南はいって、「500円」と、こっちに手を差し伸べた。
「釣りはいいからねー。買ったら驕れよ?」
ピン札を1枚、ポケットから抜け取ると、俺は店を後にする。
(はてさて、どうしたもんかね)
厄介なのは跡部だ。
いくら手塚を気に入ったからといって、彼まで庇う気はないが、跡部が守るのを邪魔して不興も買いたくない。
ばれないようにやれ。
誰かが囁きかけてくる。
「考えようによっちゃラッキーっちゃラッキー?」
跡部君には、そのポジションのよさを秘密にしたい。
が、手塚は気付く。
生来の性質が別つことであって、インサイトなど関係ない。
それならば……
「俺は大切なものとの差は、明確にするまで」
生き残りたきゃ後はおすきに。
適当にやっても、手塚ならばこちらの奥をうかがいしって、一人で悩んで何もいわずと萎縮してくれそうだ。
そう、御しやすいといえなくもない。
TO BE CONTINUED =跡部SIDE
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