File:06 〜 SIDE Keigo
Atobe
手塚が来るとは想像もせず驚かされたが、素直に再開を喜んでいる場合でもねぇ。 俺は自室のドアを開けた。 長年会おうと思っていたライバルであることに代わりはなくても――例えば、ここで何のハンディなくプレイすることが可能だと分かっていても、状況が状況だ。 しかも相手は、已む無くとはいえ自ら選んで此処にいる自分とも違うし、最初からこちら側にたどり着いていた千石とも違う。 事実上拘束されてきた「被害者」で、それが今までの生活をも困難にすることも想像に易い。 手塚の質問に軽く答えてから『駄目上司』があっさり忘れていたいくつかの事情を付け足し、あちらの事情(手塚が来たいきさつ)を聞き流すそぶりで幾つかをヒントとして脳裏に焼き付けた。 後は必要な情報をゆっくり引き出して、推理すればいい。 どうせ自分はそう簡単に出られようもないのだ。 思考ゲームに、いらない時間が費やせるのならそれはそれで悪くない。 が、その必要な情報を持っている人間――部屋の主に関係なく此処に入り浸っている千石はまだ帰っていないようだった。 やむを得なく、がらんとした部屋の電気をつけ、荷物を投げ出す。 本格的に任務でも入ってたのか?とも思うが……。 ――いや、あれは逃げるための口実だろ。 銃の装填をしていたところと現在の時間からみると、軽い偵察(ミッション)は入っていても可笑しくないが。
(千石のやつ、どこで油売ってやがる)
いつもながら面倒の回避能力だけは高い「上司殿」に思いを馳せれば、苛立ちは増す一方で…… 先ほども手塚の質問に答えながら考えてみたのだが――仮に千石が手塚の教官だとすればどうなるんだろうか? ……自分が独立、とか?
(ありえねーな……。)
あれはあれで、千石は優秀なのだ。 数週間でものの見事に思い知らされている。 俺を捕らえとくにはもってこいの人材だということも――悔しいが認めてやってもいい。 見ていないようで目を配る、挑発のふりで覚悟を促す、それからテニス……。
(――で?手塚の上司までかよ?)
えらくなったもんだ。 だが、そんな近い未来を想像すると、期待とも不安とも、自分でも理解出来ない何かが押し寄せてくる。 まあ何にせよ、テニスが出来る人間が三人ってのは……。 (悪くはねぇ)
ここの生活は退屈なのだ。 既に、いたらいたで煩いくせに、あのオレンジの髪がいないとこの部屋も自棄に静かですることもない。 ベッドに寝そべって、直ぐ横のMDの電源を入れる。 上司の上司――監督の趣味で、クラシックばかりだったMDも気付けばいつの間にか千石趣味になっていた。 トランスとポップスとヒーリング……歌詞のあるものはすべて日本語以外。J-POPはない。 理由は何となくだが推し量れるから、敢えて尋ねなかった。 手を伸ばして、さらに下の方にある再生ボタンを押す前に、 「日本のは、ほら、ちょっとアレじゃない?……なんか同じようにきこえてあきちゃうっしょ」
「はい、お土産」と、新しいMDを差し込んで、器用にONにしながら、何やら後ろからトレーを差し出すオレンジ髪が見えた。 ドアは確かに鍵こそかけなかったが、ものすごい早業である。
「……いつ帰ったんだよ?」 「んーさっきかな?…で?どうだった?」
千石は器用に、今度は本体でなくリモコンを操ってトラック4をかけ、ベッドサイドのお気に入りのソファへダイブ。 やっぱり後ろ向きに腰掛けやがった。ぐたりとソファの背もたれに抱きついて、顔だけ此方に向けてくる。
「手塚のことか?」
「そう。――彼、似合わないよね」
それはそうだ。 手塚国光という男は、冷涼で清涼。 厳しさがなくはないが、此処の殺伐さとした情景はかけ離れている。 千石が、最初に俺に此処が合わないと哂った以上に似合わない。
「これ、カレーね。南のオススメなんだ」
「ほお。……お前んとこの部長か。元気か?」
受け取った皿の中にはカレーが湯気を立てて、寒い中食欲をそそった。 此処にきても味覚ってもんは、人の生活の一部だ。 変わっちゃいないのが俺としちゃ苦しくもあるが(入る前の食生活は聊か贅沢が混んでたからな)これは文句なくその水準でも美味そうなカレーだ。 スパイスと、加えられたヨーグルトのまろやかさ。 添えられたレーズン……すべてが合格ラインに達している。 一さじ掬って、行儀悪ぃな、と思いながらも、そう聞くと、
「ま、ね。おかげさまで」
まんざらでもないような――自分が褒められたかのような千石の顔が目に付いた。 相変わらずの南びいきだ。 目立たないが南のことはよく知っている。 アイツはなかなか骨がある男だ。 千石が懐くのも分からなくはない。
「だがよ、コックになってたとは驚かされるぜ」
いや、意外だったのは、今も千石が出入りできることの方だ。 その答えも得られるだろうと、続ければ、
「バーテンもやってる」
率直な解答を得られた。 例えコイツとはいえ、監督の性質を思えば制限はもっとキツイと思っていたんだが、この様子だと相当通っているらしい。
「不自然だからね」
「……俺はいけねーな」
「まあ。跡部君は目立ちすぎるから。……けど、変装してなら有りっていわれんじゃないかな、そのうち」
(そのうち、な)
いつだってしったこっちゃない。 どうせ外にいったらいったで……
「おい千石、てめぇ、人に押し付けておいて自分だけ気晴らしにいってきたくせに辛気臭い面してんじゃねーよ」
「あっ、キヨの顔、崩れてる?ご忠告どうも」
「ふざけてんな」
「メンゴメンゴ。……はは、ただびっくりしてさ」
何がってーんだよ? 千石は顔をふせてぷっと吹き出した後、またこちらを食えない笑顔で覗き込む。 ちょっと下からになるそのアングルは計算されてるんだろうが、どうにも憎めないのが不思議だ。 一種才能だろう。
「だって、跡部君、手塚君のことお気に入りだったじゃん。なのに、押し付けられただなんてさ。心外」
「新人教育は『上司』の役目なんだろ」
「……鉄則だね。でも、自分が『上司』になるとは思わなかった?」
「ああ」
「ご名答」
「じゃあやっぱり――」
てめぇが手塚の上司になんのか? 目だけで通じるだろう。 慣れてしまったアイコンタクトは軽く交わされる。 逸らされた視線の先にカレー。
「早く食べないと冷めちゃうよ。あ、手塚君には置いてきたから安心してよね」
「……ちっ」
食べ物は始末にできねーんだよ。 育ちがよさが憎い。 俺は、悪態をつくのを中断して、南の作ったカレーを味わった。 本当に美味しいのが癪に障るが、食べ物にも南にも罪はない。 悪いのは――
「ん?俺の顔に何かついてる?」
「……顔で『上官』やるんじゃねーんだろ」
そういったよな、千石。 『挑発には乗らず、されど逃げたとは思わせず』 それも極意だと。
「ああそうだね。だから、俺でいいみたい」
(『軽く受け流す』か……。)
「だから、その俺が、手塚の教育係を――跡部君に任せるよ」
そうだ、受け流せばいい。 受け流…… ………ん?
「一週間だから、ま、俺もサポートするけど」
「あ?!」
「ってなけで、明日からヨロシク」
「お、ちょっ、千石!」
受け流すのは無理だった。 ソファーからバック転で降りるなり、ドアのすぐそこまで来ている食えない男に、「あの堅物を馴染ませるのは無理だろう」と訴えれば、
「本人が納得行く程度までやればいーじゃん。手塚君完ぺき主義だから大変かもねぇ」
無責任な言葉が戻った。 しかし、ここで退くわけにもいかない。 俺は文字通り出て行こうとする千石の首根っこを捕まえ、
「てめぇがしろよ……」
俺から「頼む」といわせたいだろうヤツに、明後日の方向を見たまま遠まわしに依頼した。
「分かったってば」
千石は肩を竦めてみせてから、
「でもやっぱ駄目」
「……アーン?別に上からいわれてねーんだろ」
よく分からないことで断わりを入れてくる。 逃げられまいとドアを塞ごうにも、軽く手で避けて、
「立場上、手塚君には言えないことが多すぎるから――」
跡部なら言えるだろ? 最初と同じように、笑ったのだった。 『手塚に情報を渡せ』ということか。 監督と同じく、コイツも所詮上層部でこちらが「YES」としかいえなくなる、そんな理由を掲げる。 そのくせ、千石の場合は――理不尽さはなく、無理にでもことを運ぶ理由は、俺が分かる範囲においては……限りなく優しかった。 胸糞悪くなるくらいだ。
(楽しいから此処を選んだって言う人間にすることかよ……)
千石の考えはサッパリ読めなかった。 昔と同じか、それ以上に。
TO BE CONTINUED =翌日 千石SIDE
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