File:07 閑話 〜 SIDE Kiyosumi Sengoku
翌日のこと。
「さーて仕事終了っと」
言って、手を伸ばすと、
「貴方もよく分からない人ですね」
苦笑で返された。
呆れたように笑う彼は、こちら側でもあちら側でもない中間層に立つ人間だ。
『会社』が雇って、ここに籍を置いているが、自分たちがいるこちら側のことは知らない。
(守秘義務関係なく、知ろうともしてないしね)
「そうですかね、観月君」
「ええ、研究の内容は全く知らないくせにここにいる」
「事情に興味ないんじゃなかったっけ?」
「ありませんよ。そもそも貴方は選んで此処に居るのでしょう」
好きで此処に居る、ではなく、「選んだ」居る。
いつもながら観月の言い分は、実に適当(ちょうどいい方の意味ね?)だ。
研究肌だなと感心の目を向けたら、
「何かあったんですか?」
思わぬツッコミが入り、俺はたじろいだ。
まさか、自分のことしか興味ありませんといわんばかりに毎日データを取り続けている彼がそんなことを言うとは思わなかったし、そこまで顔に出ているのか、と思うと、ネガティブな気分にもなる。
「知らなかった。……意外に鋭いんだ」
「マネージャーでしたから」
「そっか」
そういえばそうだった。
ルドルフのマネージャーといえば、おっかない&手段を選ばないと有名だったけれど、自分のところのチームの面倒はよかったという。
チーム内からの反発はなく、多少無茶しても「仕方ないよなー」という雰囲気で、皆が観月君の頭を叩いてる、そんなイメージ。
あれはなんだかんだ彼が人情派で、人でなし(データロボット)になり切れなかった証なのだろう。
上から頼まれた薬を貰って――毒はなく、秘密に開発してるだけだときいた。嘘をつく必要はなさそうだから、多分本当だろう――後はもう部屋に戻る予定だったんだけど、せっかくだから無駄話も悪くない。
「最近どう?」
何がどうだ?
わけの分からない質問にセルフ突っ込みをいれながら、俺は「はい」と差し入れの珈琲を渡した。
特に仲がよくも、普段交流もないが、さっき自販でお茶買ったら当たったヤツだからついでもついでだ。(俺ってラッキーだからさ)
観月は「ありがとうございます」と素直に受け取って、
「此処は楽でいいですね。邪魔もされない」
データのことではなく、生活の方の調子を述べた。
ま、詳細な実験のことなんていわれても、俺にはわかんないから判断としては妥当だ。
こっちも敢えて生活に触れないのも、そろそろ不自然だろうと思っていたから、そのままプルタブを捻って缶を空け、耳を傾ける。
「ただ泊り込みの作業長引くと、同居人が『帰って来い』って煩いです」
「へ?観月君って同居してたの?」
「……」
うわ、誤爆?
ものすごい、不機嫌そうなんですけど。
「色の黒めな犬が一匹、尋ねてきましてね」
「なんか大体どんなだか想像がつくかもしれない、それ……」
そりゃ着く。
だって、その犬って……
「研究所に出入りできない分マシですが……。その分だとあの馬鹿、本社勤務は相変わらずなんですね」
「俺は部署違いだからなんとも言えないけど」
部署どころか業界すら違うか。
会社側の人間はクリーンだし、こっちがあることを知ってる人間なんてほとんどいない。単なる研究所だと思ってて、実際研究院も信じてるし。
俺らは宙ぶらりんの裏方――どちらにも、中間の部署の人間だと思われてるが、実態は……アレだ。
ところで、その犬とやらについては、単純に俺が声をかけられたんで知ってる。
上層部に指示を仰ぎにでかけた帰り際捕まってさ。
「おう、千石じゃねーか!」
馴れ馴れしいのは問題ないんだけど、あの悪目立ちすることといったら……
(俺がもともと目立つ人間でよかった……)
秘密裏に行動、と設定されてる地味キャラだったら(ていうとジミーズに怒られるけど)、取り返しがつかなかったと思う。
俺も彼も……。
「あれでよく首にされないものだ……」
「まあ、ほら、ムードメーカーは必要だしね」
……むしろ、あそこまで「陽」っていうばかりの、健康さがあれば、そりゃカモフラージュにもなるんだろう。こっちの。
そのわりに、鋭いから侮れないし、手塚とは別の意味で疲れる相手かもしれないか?
でも……。
(嫌いじゃないんだよねー)
不思議だ。
それは目の前の人物も同じなんだろう。
眉ねに、手塚国光並みのシワをよせて、観月は「まったく……」とため息をついていた。
「赤澤君、観月君んとこにいるんだ?」
確認に返せば、
「ええ。そろそろ勘弁願いたいですよ。この間なんて、この付近で美味しいカレー屋を見つけたといいましてね」
「うへ?」
今日二回目。
素でびびって、声をあげてた自分がいる。
……待て?待て?待て?
何だかいやな予感がする。
(もしや……)
「無理やり引きずられていったら、あの馬鹿にはそぐわないおしゃれなカフェなんですよ。夜はバーで」
「それって……」
「南君がマスターとは……。カフェには、妙に似合ってましたが」
観月君は、「そのおかげであの馬鹿にカレーまで習得させられて、ますます何の店だか分からなくなってましたけどね」と悪態をついている。
(おいおい、やめてくれ………って……)
ていうか、何?
これ?
世間は狭いとはこういうときに使うべき言葉なのか。
「ああ、そうだ。そういえば、同じ職場だと伝えてなかったようですね」
「あ、うん。……そっちがまさか南のこと知ってるとも思わなかったしさ」
「地味、ですか」
「とは思わないんだよね」
だって、南ってわりに目立つじゃん?
しっかり仕事して、周囲に気配りができて……。
地味なのは外見とプレーと……その性格の堅実さだけで、印象でいったら普通より上なくらいだ。
「ただ、観月君って別の学校だったし」
「それに今まで、こうやって話をしたこともなかったから――ですか?」
「はは、いえてる」
参った。
見抜かれているか。
今後、南の店で会うことになったらどうしようかと、計算する。
(行かない方がいいのか?)
それも不自然。
こちらの考えが分かったのだろうか。
顔に出すようなへまはしていない(一応特訓を受けてる身)
だが――。
「安心してください。この先もそう話すことはない」
観月君はそう言って、意味深長に哂った。
妖艶――女への形容詞だろうが、そんな単語を彷彿とさせる笑み。
怒ったときの跡部とも違う魅力にどきっとする。
憧れや恋愛などからではない。
(気付かれてるのか)
単純なスリル。
この程度のやり取りがえんえんと続くのならばここで切る必要性はないのかもしれない。
「さて?どうかな」
それに……そうだ。
切るわけにはいかないんだった。
「あのさ、よしみというか、お近づきの印というか……お願いがあるんだけど?」
此方も同じくらい魅力的に笑んでるつもりがある。
女ならイチコロだ。
ま、相手はこれで男だから絶対そっちでは惹かれないだろうが、効果はある。
跡部君にみせる茶目っ気あるタイプの表情ではない。
対観月、とその場で組み立てた含みある笑顔。
「取引は嫌いではないですよ」
ほら、もう伝わっている。
(案外、彼もこっち側にこられるのかもね)
リスクを知る人間――守る者のある人間だから、こないだろう核心もあるが。
俺はふっと、守るためにこっちにきてるヤツと、守られてるだけで、これからも守られようとするヤツの顔を浮かべた。
「うまく行ってるうちはいいんだよね」
TO BE CONTINUED =SIDE
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