File:09  〜 SIDE Keigo Atobe

「おい、どういうことだ?」

「どういうって?」

 千石は上手く誤魔化す。
 いつもだ。
 俺は、威嚇にならないとは知りながら癖になっている口調で千石に向かっていった。

「外に……出られんのか」
 
 声が上ずってしまう。
 出たこともなくはない。
 閉じこめられてるのではなく、俺も――千石と状況は違えど、此処を選んでいるのだ。
 ことに任務でなら何度か出ている。
 だが……

「近辺に出ていいかって聞いてんだよ」

 胸倉を突かんばかりに言えば、千石は「ごめん、俺が許可できることじゃないんだけど」といつもどおり俯いた。

(胸が痛てぇ……)

「でも」

 諦めかけたとき、千石が言葉を続ける。
 俺はハッとした。
 千石は、こちらに目配せもせずそういった立ちの悪い冗談を言う人間ではなかった。

「場所を限定する。それから、誰にも会わないこと。――間違ってあった場合は命令コート00だ」

 コード00……消去。
 今まで、そのための訓練を散々受けさせておいて結局一度も使っていない番号だ。
 千石の【誰にも】は、身内――自分を知っている誰にも、だということを俺は理解してる。

(つまり、仮に消すとしたら……)

「そのリスクを負えるなら、どこにでも出ていいんだ」

「てめぇは……」

「俺は【社員】だよ」

「ないはずの部署の、かよ」

「そう。合意で入ったから工作は済んでる」

 千石は言ったが、もう表情に暗さは覗かせなかった。
 君はちがうだろ、とからかう調子はどこまでいっても千石清純そのもの。
 変わらない。

(胸糞悪ぃ……)

 それでも、千石が悪いとは思えない自分が一番むかついた。

(コイツのことを、なんだかんだで信じてるのは俺なんだよ!)

 くそっ。
 分かってる。

「おい……」

「ん?」

 『用事がなきゃ、いくよ?』
 そんな顔で振り向く千石の事情なんてしったこっちゃねぇ。
 俺は俺だ。
 やりたいようにやるまで。

「行って来るから場所を言え。ただし――」

「?」

「ただで済むと思うなよ」

 脅しにもならない脅しだ。
 むしろ、無理やり笑ってるこの能天気馬鹿を、いつもの調子に戻せればそれでいいと思った。

「…………」

 だから案の定、千石は黙り込んだのは正解だ。
 正解だが――

「くっ……はっは……ははははは……」

「おい、てめぇ。本気で笑ってんじゃねー」

「だ、だっておかしすぎっ…何言われるか、俺、どきどきしちゃったじゃん」

「……もういい」

 やっぱりムカつくもんはムカつく。
 ほっとしてることは無視して、俺は千石の頭をぽかっと殴った。

「痛いって」

「で?場所はどこだ――?」

「んー……その前に、これ」

「んだ?」

 渡されたのは瓶。
 怪しげな模様は監督の会社のものだ。

(薬、か……?)

 あまりに怪しげ過ぎるだろう。
 俺は渋い顔をしたが、「ははは」と千石はまだ笑ってやがる。

「中身は化粧だよ。化粧。肌の色くらい代えておけば何とかなるかなって……まあ気休めだけどね。ついでに室町印のサングラスか、手塚君タイプの眼鏡――じゃ意味がないから逆光用のやつね、各種取り揃えたから好きなの選んで」

「ふざけっ」

「てないよ」

 顎を捉えて、そのままサラリと鼻先に冷たいものが触れる。
 それは、手塚とも――誰ともまた違う眼鏡だった。

「マジか」

「うん。マジ。化粧は特に本気……別人に見えるようにある程度作れる」

『来なよ』
 千石は手で合図して、そのまま歩き出す。
 外部との接触は完全にアウトのはずだが、研究所の方までの行き来は自由だった。
 とはいえ、俺は今までそちら側に入ることすらためらっていたものだ。
 千石はそのままつかつかと進み、ドアを開けた。
 椅子に腰掛けさせて、その液――化粧品?――の準備を始める。

「それからさ」

「何だ?」

(未だ何かあんのか?)

 手のうえでこねくり回して何やら本格的に支度に入った千石に問いかければ、罰が悪そうに目をそらされる。その後ヤツは決心するかに息を吸い込んだ。

「巻き込みたくないお気に入りんところだから、大人しく注文してね。バーもやってるから、しっかり出来る程度でなら飲んできていいよ」

「……ああ」

(なんだってーんだ?)

「本当は一緒に行こうって思ってたんだけどさ。一人でノンビリしたいときもあるっしょ」

 アーン?
 でそうになった疑問符を何とか留めて正解だ。
 千石はいったすみから後悔しているかに、やれやれとか、あー何いってんだ、俺、とか言っている。

「始めてのおつかいみたいな感じ?」

「ざけんな」

 反射的に緊張感もない対応をしたが、それが功を奏したか、千石はその後は何も言わず俺の顔を弄っていた。

「あーあ、俺もいきたいのになー」

「………」

「ていうか不安だし」

「………」

 訂正。
 何も言わず、なわけがねぇ。
 コイツの減らず口はどこにいっても治りそうもなかった。 

(落ち着くからいいけどな)

 外に出られる高揚と、状況のおかしさから俺も寛容になっているらしい。
 鼻歌交じりに「ラッキー♪」とか髪の毛までくしゃくしゃにセットし直されても怒る気もしない。
 不機嫌になる理由もいつの間にか忘れていた。
 千石が、手塚に何を話そうとしているのかということも考えやしなかった。

TO BE CONTINUED =SIDE


君はまだ気付かないでいいんだよ?

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