File【B】:00    〜 SIDE SHUSUKE FUJI

 ロビーに入ると、その人物は柔和な笑みを浮かべていた。
 
「久しぶりだね」

 僕は声を紡ぐ。
 相手はにこやかな雰囲気を保ったまま、

「中学……いや高校ぶりか。プロに来ればいいのに、不二は来ないみたいだな」

 そう笑った。

 旧知の仲ではある。
 だがここまで近いところで――こうして一緒に仕事をすることになるとは思っても見なかった。
 大学を出た僕は、プロという選択肢をみつつ、スポーツ部と両方があり、かつ両方の参入を(僕程度の腕なら)任せてくれそうな企業を就職先に選んだ。
 根本がイギリスにあるということもあり、とことん実績重視の準一流だ。
 彼――幸村はそこに在籍し、かつイメージキャラクターとして採用されていた。
 
「君みたいにマルチじゃないよ」

「そうか」

 それだけではなく、彼は経営にも加わっている。
 これは入ってから知らされた事実だが、面接の会場で逆側(主催側)の席に彼をみたときから何とはなしに予感はあったのかもしれない。

(もちろん、その瞬間は驚いたけどね)

 ただ彼のカリスマはまだ健在だ。
 だから、僕も文句は言わずに来た。
 今も――

(けど――)

「幸村、策をしくじったようだね。……らしくもない」

「責めないのか」

 率直な言い分だ。
 すべての責任が彼にあると、本人が一番よく自覚しているのだろう。
 狼狽が感じられないかわり、揺るぎないこの先への意識が、その突き刺すような視線からは漂っていた。

「完敗だ……。手塚を巻き込んだのは許せないし、それなら僕にすればよかったのにとは思うけど君はしなかっただろう?」

「ああ。お前は必要な人材だから、社としても手放すわけには行かない」

「……ありがたいけど迷惑だね」

「俺にとっても必要だ。カードとして、でなく、許せない」

(相変わらずスゴイ文句を吐いてくれるな……)

 幸村をそこまで嫌えないのは、この男が本当に真っ直ぐだからだろう。
 腹に一物が常なのはお互い様で、タイプが似てる分付き合いに苦労すると予想してたが、それは見事なまでに裏切られている。
 手塚とは違うが、彼もまた……

「頼むよ、幸村『部長』」

「すまない」

 実際、部長だから、意味合いは通じていないかもしれない。
 けれど、有言実行の人だ。
 
(悪い、手塚……)

 僕は彼に賭けて見ることにした。

(――君なら分かってくれるよね)

「ところで、菊丸は?」

「先に研修に戻ってもらっている。まさか本当に自社が『誘拐』とも行かないだろう。不二も向かってくれ――と言いたいが……。他に一つ、頼まれてくれないか?」

「面倒ごとでなければ」

「ふふっ、厄介ごとは警察と、別の部署に回してある。こちらは仕事の話をしよう」

「真田か?」

「ついでに面白いオマケもついていたな」

「へえ」

 それは興味深いな、といって、僕は乗り出したが、幸村は不敵に笑んだだけだった。
 よほど自信があるのだろう。
 何か新しい策でもあるのか。

「【別の部署】とやらについては言わない気?」

「それはおいおい話す」

 言うだけ言うと、彼は僕の前を立ち、デスクに戻った。
 パソコンの画面には盗まれたはずの――失踪した跡部のデータが浮かんでいるはずだ。
 こうなると、もうこれ以上彼らの件に関しての情報は出てこない。

「分かったよ」

 ため息を飲み込んで、僕もその横に向かった。
 
「で?何から始めるんだい?」

「出来ることは限られている。まずはお茶でも入れてくれないか」
 
(どうしてこうなのかな……)
 
 急激にマイペースになるところだけは未だになれない。
 天然ではないと踏んでいるからには、交わされているのだろうが……

「普通の仕事も山ほど溜まっているんだ。『別の部署』のせいで」

 仕掛けられているのかどうか。
 振り回されっぱなしは癪だけど、すべて隠されてるのともちがうらしい。

「君も人が悪いね」

 そうか?
 首をかしげて嫣然と微笑む女性的な表情に、噛み付いてやりたいと思ったが、我慢すると誓った。

(これで幸村は誰よりも男らしいからな)
 女っぽいだの艶やかだの言ったら、にこにこしながら機嫌を尊大なまでに損ね、こっちが残業責めになりかねない。

TO BE CONTINUED =SIDE 跡部


まだまだ謎は小出しだねという……

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