おにいちゃん心配症。 閑話【Sideブン太】、ちょっとした前兆編 |
回避することができるんなら必死になんだってやっとく。――ブン太の信条――
ちょっとした前兆編
* * * *
「えー会議を始めます」
ようやく部長に収まろうとしている、(三年からすれば)我らが後輩代表:切原赤也が、仁王とブン太、手塚を屋上に呼び出したのはある日の放課後だった。
「で?何でこのメンツなわけ?」
明らかに取り合わせがおかしい。
気づいてブン太は不機嫌そうに言う。
別に仁王が嫌なわけでも手塚に恨みがあるわけでもない。
どちらかというと問題は――
「あー、なんていうか、俺的に頼ってる人たちっす」
「へえ、そりゃ初耳じゃけぇ。お前はなんのかんの柳とか幸村の方を頼っちょるとおもっとったき」
ブン太は「――テニスではな」と、仁王が敢えて言わなかったことを付け足す。
――今さら墓穴も何もあるもんか。
どう誤魔化そうと回避を試みようとこの後輩に巻き込まれることはこの瞬間にも決まっているようなもんだった。
そう思うとどうにも顔がゆがんでしまう。
自分が弟たちに弱い――例外でもなく後輩にもなんのかんの弱い、のは、差し引いても、この後輩は意識せずに嵐を呼ぶことに長けているのだ。
「で?いったいなんだ」
横で、もの分かりのよい手塚も既に諦めたかに、ため息がてら聞いている。(手塚のやつも、本当いい意味でやわらかくなったよなーとブン太は思うが、この場合一緒に巻き込まれる身としてはあんまり感心したくない)
「先輩たち、いっつも練習来てくれるじゃないっすか」
「そりゃ、まあ。――まだテニス続ける気だし。引退っつっても選抜も完全に終わったわけじゃねーしな」
「じゃね。けど、赤也がききたいんはそんなことじゃなかろ?」
そうだろう?と追い打ちをかけるように、手塚が頷き、赤也は誤魔化すようにしばし笑って……
「部長が――」
言いづらそうに、多少言葉を濁らせながら、現状を報告した。
「えーと、なんていうかスパルタ練習に来てるのも、そのせいっすかね?やたら俺に厳しいんですけど」
【部長】
引退した今、それはお前のことだろうが!
と、そう。
突っ込みを入れるべきなんだろうが……
――幸村君はなぁ。
引退だのなんだの関係なく、きっと赤也の中で「部長」なのだ。
それが分かるので、突っ込みもはばかられる。
――…… というか――
いやな予感は見事に的中していたらしい。
ブン太はひやりと汗が背中を伝うのを感じた。
「仁王、丸井――何か知ってるようだな」
「おう」
「まあ――予想はつくっつーか」
――て?!仁王も知ってんのかよ。
隣を見れば、詐欺師と呼ばれて久しい男は、にぃっと笑ってから、
「でもこの件について、俺は赤也には味方できんのじゃ。ちょいとな」
「あ?ちょ、先輩、どういうことっすか」
「言った通りじゃ」
「――幸村に弱みでもにぎられてんのか?」
――……それは誰でも同じだしなぁ。
どっちかっていうと、仁王の気持ちとして「幸村寄り」ということなのだろうか。
そうなると、自分の予想していることと原因が違うのかもしれない。
ブン太は、仁王の思わせぶりな行動に、首をかしげた。
とはいえ、そんな疑問では仁王が引き止められるはずもなく、仁王はさっさと消えてしまう。
残りは手塚と赤也のみ。
――がああああ!面倒くさっ。
どう見ても赤也の世話係的に適任は手塚である。
手塚ならば現状把握能力もそこそこにあるから、そのうち気づくだろう。
だが……
「?」
きょとんと、俺なんかしたっすかねー、なんて能天気にしている後輩を見ていると泣けてきた。
何せ、今回ばかりは(いや稀にあることだが)赤也は悪くないのである。どっちかっていうと問題は――
「………気に入られてたからな」
その、赤也を気に行ってしまった「あの子」の方にある。
兄同様――というか兄よりも強い気持ちで、気にしてしまった彼女――
その強烈な兄の実妹。
そして、お子様だ兄離れできないだと口ではいいながらも、その兄は妹をとってもとっても大事にしていることも――ブン太は知っていた。
手塚が知りようもないことに、今その兄の方が妹のお気に入り=赤也の抹殺にでもかかりそうな状況であることも。一時間目の廊下でなぜか肩を怒らせながら赤也と、主にその携帯を見つめていたことも知っている。
――だからー嫌な予感がしてたんだって!
あの日……あの練習試合のとき、携帯番号とアドレスを交換している二人に覚えた、ほのぼのしさを通り越した「何か」の正体がはっきりしたブン太である。
だがもう遅い。
天才的な勘は、テニスだけではなく働くのである。
ところで、ふっと横を見ると、手塚と眼があった。
「……」
「――あ」
――手塚、もしかして、分かった?
思いっきり、視線を幸村に送ってきた同級生に、なーんとなく感じるものがあって、ブン太は妙にほっとする……(これでこもりから解放されるとはおもわねーけど)
まだマシかな、なんて、手塚に苦笑を送ると、手塚は――
「ときに赤也、幸村はだいぶ妹と仲がいいときくが……」
あくまで手塚はマイペースだった。
――そんなこといって、たきつけてどーーすんだよ!
そう、である。
ブン太からして、唯一のたのみのつなは、赤也自身の鈍感さだったのだ。
これで、女兄弟がいるのか?というべきか、だからこそというべきか。
赤也ときたら、あれだけ幸村の妹について(可愛いと噂を聞いて)騒いでいたはずが、本人にあってからさっぱりなのだ。
特に意識してるつもりもないのだから、面白いことだが……
――これって、あれだろ?こいつ、まだ意識してないってことだろ?
なら触らぬ神にたたりなし。
ブン太の持論だ。
赤也は、まだ相手はおろか、自分の気持ちに気づいていない。だから今もうちに自分たちは巻き込まれないように距離をおいて、という計算が働いているのは言うまでもない。
が……このタイミングで直球を投げてくれた手塚。
ところが、どうしたことか。
赤也は、それさえあっさりかわして、
「なんか、そうでもねーって話っすよ。お兄ちゃんうざいとかメールにも書いてくるし」
「へえ(メールねえ。しょっちゅうメールしてんだ、やっぱ)」
「うざい、か。まあ幸村のあの様子だと仕方ないだろうが」
「だから、あれっすよ。妹がなんか俺の素行についていったって線はないっすよ?」
いい子なんだから。
と、照れたように鼻の頭をかく赤也。
――がああああああああああああああ!
本日二度目。
丸井ブン太は、思いのほかにぴゅあだった後輩に、本気で頭を抱えた。
遊んでたことあるよな、コイツ。それが何できづかねーんだよ、幸村君の殺気の原因なんて、あきらかじゃねーか。
「そうか。それはよかったな。だが逆効果なんじゃないか?妹と仲があんまりよくない兄ならば、妹の言葉はなかなか信じないだろうからな。反対に、それで疑われてるのかもしれない」
「そうそう。そういうこと。まー何とかなるだろ……」
「え?丸井先輩、なんか言い方投げやりじゃ――」
「気のせい気のせい」
もういいよ、そういうことにしとくよ俺。
妹がいなくてよかったというべきか、妹がいても俺はああはならないぞと言うべきか……
何より空気を読んで中身を補正してくれた手塚に感謝しながら、丸井はげっそりした顔をそちらに向けた。(できるだけ早く帰りたい。忘れてさっさと帰りたい、というのが本音のところである)
「確定だな」とすがすがしいまでの顔をする手塚に、「おれ、もうしんねーぞ」とこっそり表情で伝えながら、ブン太は、脱力感をこらえて、さっさと冷たい屋上を後にしたのだった。
まったく彼女の気持ちにも自分の気持にも気づいちゃいない赤也。
――今はただ幸村の機嫌が何となく悪くて困る、どうしよう、程度の相談だから、いいが、これが恋愛相談にでもなったら――
はっきりいって、 ぞっとしない。
手塚を軽くふりかえれば、その横顔は平然としていたが――そこが手塚が手塚たるゆえんでもあり、ブン太との違いでもある。
柳の大騒動(花男)のときも手塚は泰然自若としていたが、ブン太はその理由に気づき始めていた。彼もひとなみに、好きな子はいるのかもしれないのだが、どうにもそこまでの興味はないようなのである(ほかメンツに比べての話だが)
そしてそれがゆえに、あまり巻き込まれないですむようなのだ。
あれだけ部室中がパニックになった柳のときですら、手塚だけが大丈夫だったのだから間違えないだろう。
となると――
赤也限定で考えれば、赤也が助けを求めるのは手塚か、自分か仁王――。
仁王が降りたら、手塚か自分。
そして手塚に恋愛相談はいかない。
――回避したいなら、先に断っとくにかぎるっつーか……
こういうときは断言しておくに限る。
一度先に断わって、あやうきを回避した経験が思いだされたブン太はふりかえったついでに赤也にむかって、一言付け足した。
「幸村君のはいつものだからほっとくとして、お前、自分のことで俺に相談してくんじゃねーぞ」
どうせ、今言ってもわかんねーだろうな。
気楽に口をついて出た言葉に、赤也は赤也で案の定、
「え?俺、丸井先輩に相談とかしねーし」
なんて、からかわれたような顔をしているが……
ブン太はいまだに振り払えない重いものを抱えながら長く、息をついた。
「だといいけどな」
その意味が赤也に届く未来は来るのだろうか(来ないでほしい)
ただ、「俺には相談はないだろうな」と、まさに思ったとおりのことを呟く手塚の足を、いらだったブン太がふんずけたのは無理もないことなのかもしれない。
事実、それから数か月後、ブン太の受難が始まるのだから。