「はて?」
昼前に仕事が終わった。
羅刹化した山南の代わりに、昼間の仕事はほとんどが行っているのだが、今日はたまたま元元の山南への指示が少なかったらしい。
―どうしよ、他になんかあったかな
抜けがあると、ガミガミ後で言われるのはだ。
そうでなくとも、療養中の山南への負担は避けたい。
昨晩の指示を端から確認するが……
「ない? ――ないよ????終わった????」
――やったあああああ。
とは心の声である。
むしろ半ば叫んでしまっているのだが。
「仕事終了、ですね。これは遊んでいいんですね」
そういうことだ。
は早速、久々だから外に出ようと画策した。
が…………
「すまない――」
あてにしていたは、既に屯所にいなかった。
斎藤が代わりに答えるところをみると、恐らく仕事(土方さんのお使い)なのだろう。
「いえいえ。……非番も知らずにきちゃったのはこっちなので」
斎藤さんに謝ってもらっても申し訳ない。
――斎藤さんも久々の非番だっていうしな……
流石に付き合ってもらうわけにもいかないし、そもそも斎藤のテンションでは此方も若干気を使ってしまう。
「ありがとうございました」
ぺこり。
頭をさげて、次の標的を探すことにした。
もちろん、ただの「休日」であれば相手は必要ないのだが、心が叫んでる「外出したい!」と。
そして、が外出するとなると、「誰か」同行者が必要なのだ。それが土方との約束。
「うーん。無難にちゃんかなぁ」
女の子二人だから、駄目っていわれたところで、がいれば誰かついてきてくれそうだ。
(哀しいかなだけが誘うと、若干ビビられる節があることを知っている。たぶん、羅刹隊に関係したくないせいなんだろうけどそんなこんなで、相手は限られているのだ。)
「よし」
気持ちを切り替えて、は軽やかな足取りでは廊下を渡った。
* * * *
――ええええええ!!!!
問題はその先にあった。その先――昼食の片付けをする「」の横には一人。
いやいや、その一人自体に問題があるわけではない。
むしろ、いつもなら「おう、か?」なんて声をかけてくれる優しいみんなの兄貴分――原田だ。
高いものを取ろうと必死になっている少女に、手を貸してやりながら、いつもどおり穏やかな表情を浮かべている。
――そう、こんなことされたら、大抵の女の子はぽーっとこう、惚れちゃうっ?
というか、もうこの人私に気でもあるのかなってどきどきするよね。そういうつもりがなくても。
などと…・…考えて、はっとする。
視線の先の違和感。
その正体はそれだったのだ。
まさに、進行形で行われているその場面。
「大丈夫か?」とでもいったのだろうか。
不安げに、視線をあわせて、覗きこむ原田と――その真っすぐな心配を受けて、真っ赤になる。
「――………」
――駄目だ、こりゃ。
そうその場で口走らなかっただけ偉いと思ってほしい。
「砂糖吐きそう」と叫ぶ心にふたをして、静かに静かにしまいこむ。
小さな恋のメロディは嫌いではないのだが、自分がいないところでやってもらいたい。というか、この状態で一緒に何処かにいこうよ?などといったら、完全に道化。いや、お邪魔ではないか。
――と。
「………」
そうこう考えるうちに、原田と目があってしまったのだが、
猛烈に首をふり、何事もない!きにすんな!こっちみんな!と願い倒す。
「何かありましたか?」
の声を原田任せて、はダッシュで逃げた。
ああ、先輩は辛いよ。
その後も、新八は稽古。平助は巡察。沖田は苦手なので却下。土方は論外……
と、残念なくらいあてが外れた七つどき。
外出するには最後の機会のこの時間に、はようやっと、発見した。
屯所へ戻ったばかりだろうその人は疲れているかもしれないが、本当に駄目な時はダメと言ってくれるひと。
強制にならないから、ちょっとくらい推してみてもいいだろう。
そんな気持ちがを前に出す。
「山崎さん、一緒に遊んで下さい」
* * * *
【SIDE 山崎】
確かに戻って、の部屋に行こうと思っていたが、何故ばれたのだろう。
山崎はという女が起こす怪奇現象にたまに首を傾げる。
今回もだ。
そのうえ、「遊ぼう」ときた。何を要求しているのか――正直なところ、皆目見当がつかない。
言葉どおりに受け取ると痛い目を見ることは、何度かのやりとりでわかってきていた。
また、妙に頑固で意地っ張りなところがあって、参謀の怪我直後は、引きずっても山南の部屋の前を離れなかったりもした。
「どうせ、見張ってるんだからいいじゃないですか」
という台詞こそ、事実なのだが、その真意の方はさっぱり理解しかねる。
たまにただただ素で欲求を口にする子供じみたところがあるのも、困惑の原因だった。
――従う他ないのか。
こういうとき山崎に、諦めにも似た何かが漂っていることについて――後に土方が心配して「何か弱みでも握られているんじゃないか?」と眉をひそめて言うのだが、山崎としても分からないことに、「選択肢が見えない」ことがあるのだ。
恐るべし。といったところだろうか。
実際、今日は時間もあった。
――いいとしようか……だがその前に……
「土方さんに聞いてきます」
保身は少しずつ覚えてきた山崎だった。
* * * *
「いいぜ?けど一応、山南さんにも伝えておけよ。意外と心配する性質なんだよ」
「はぁ……」
少しは、「駄目」といってくれないものかと、期待していた山崎に反して、土方は二つ返事で了承してくれた。
「山南さんの使いっぱしりたって、前はそうでもなかったけど、最近もよく働いてるそうじゃねぇか」
「はい、そこは………」
確かに、というほかない。
「たまには息抜きもさせてやらねぇとな」
「まあ――」
気持ちは分かる。
分かるが、ちょこっとだけ苛立つ山崎である。
土方は恐らく、傷を負って暫くマズイ状況だった山南の世話をに押し付けている。その負い目があるのだ。
あの時誰が山南の相手をし、緩和材になったかというと、他にをおいてほかにいなかった。
もしいなければ、土方自身かなり負担になっていただろう。
――自分を巻き込まないで欲しいものだ……
そう思う。
とはいえ、約束は約束。果たされるべきだ。
「では、少し出てきます。夕方までには戻りますので……」
そして、ふと気付く。
――今羅刹隊は寝ている。となると、許可を取りようにも取れないのでは?
しかし、土方は「おう」と景気よく返事をし、
「駄賃だ」
銭を投げてきた。
思わず受け取ってしまう。
「これで、なんか食わせるなり、買うなりしてやれ。此処んとこ疲れてるみたいだって、明もいってたからな。大方あの人のせいなんだろうが、鬼の居ぬ間のなんとやらだ。楽しませてやれよ」
「………」
――それで、万が一ばれて参謀から集中砲火を受けるのは自分なのですが……
とはいえる状況でもなかった。
山崎はありがたく銭を懐にしまいこむと、元来た道を戻った。の部屋へ。
* * * *
「それで?」
何処に行きますか。
呆れながらも訊ねれば、は首を傾げた。
何も考えず誘ったというのだろうか。
それなら――苛立つより先に連れていく場所の候補が浮かぶ。自分が腹立たしい。
さっきの副長の言葉に感化されてしまったのだろうか
不安になりながら、見やれば、
「史跡」
端的に答えがかえった。
「史跡ですか?」
「そう。史跡……哲学の路――うーん、あ、でも金閣もすてがたい。ここってどの辺なんだろう」
「説明すれば分かりますか?」
「うーん、怪しい。どこでもいいけど、何処かみたいんだよね。清水、野々宮、三十三間堂、醍醐寺……」
と浮かれた声が候補地を続ける。
「下賀茂とか上賀茂は遠いだろうし、どこがいいのかな」
「史跡であればどこでもいいのですか」
「うん」
「分かりました」
名前に拘らないのであれば、適当に回ればいい。
立ちあがるに手を貸しながら、山崎は半日の計画を頭の中で描いていた。
* * * *
結局散々寄り道をしながら、東寺の五重塔をながめ、、建仁寺をこっそり覗かせるうちには大分満足したらしい。
「もういいや。まだ時間はあるけど、そろそろ戻らないと、でしょ?」
「……」
――ああ。
仕事の心配をされていると、気付いて山崎は力がぬけるきがした。
なんのかんの、連れ回されているものの、は他の女性と違う。
潜入中厄介になった商家の娘も、花街の女もこんなふうな気づかいはしなかった。
結果我儘を言っている部分はも同じだが、それでも、はものをねだったり、疲れたと言ってこちらを困らせたりしない。
ある程度隊士らしくと心がけてくれている「」や、一介の隊士以上に活躍しているとはちがって、自由奔放な体質だと思っていた分、意外だった。
「帰ろう」と。
するり。掴んでいた着物から手を離して(路ですべりかけてから、気付けば掴まれていたらしい)此方を振り向くさまは、なかなかに可愛らしかった。
――普段が普段だからだろう。
という感想が当たり前のように擡げるが、このままでいいのか?という思いも沸く。
帰ったら、彼女は休む間もなく、参謀補佐として昼間の仕事を報告し、ぎりぎりまで研究の手伝いをするのだろう。
冷静に考えれば、働かせすぎ、の感が否めない。
「………」
まて、と、頭の中で誰かが問いかけた。
山崎本人に暇がないのは、彼女のせいではなく……彼女が働きすぎだからではないか?という疑問がふと首をもたげてきたのである。
――夕刻までは、まだある。
空を確認し、
「――最後に一か所」
行きたい場所があるのだとに了承を取り付ける。
不可思議そうに、首を傾げていたが案の定、彼女は大人しくついてきてくれた。
* * * *
「足が疲れただろうと思って……」
「んー。そうだね、久々の外だったから」
「外でなくとも大分動いていると思うが……」
「……そんなでもないよ。いける場所が限られてるし」
そういえば行動範囲の規制はが一番厳しかった。
こんな事実すらも忘れるほど、普段行動的(部屋〜羅刹の研究所、山南の部屋他)な彼女を思い出す。
「そうか」
「うん。そうでなくてもね。部屋に……仕事がないときは、山崎さんもいてくれるし」
「――」
「山南さんも、ああだこうだ口うるさいけどかまってくれるから」
あんまり寂しくない。
口にしない言葉が、山崎の脳内で再現される。
ついたところは、屯所から目と鼻の先にあるお茶屋だ。
ここなら、少し遅くなったところで問題もない。気心の知れている店で、同じ年頃の女の子もいた、と思う。
「お茶を待つ間話でもしてきたらどうか」
そう促そうと思っていた山崎だが、
「今日……ありがとう」
突然の御礼に居をつかれて、凍ってしまった。
「忙しいの分かってたんだけど、どうしてもね。気分転換、ていうか、やっぱ滅入るし……。山南さんが、ああやって動けるのは嬉しい、嬉しいけど、でも……」
「ああ」
羅刹になったことで、穏やかに戻ったとはいえ、研究を知るものだからこその心配もあるのだろう。
――そうでなくとも、参謀は無意識にを使いすぎる……
だというのに
「もっとさぁ、明ちゃんみたいに役に立てればいいんだけど」
ズレたことを考えている目の前の娘。
「………」
――実際的な「使う」でないから、思うのだろうが、それは間違っている……
そう、指摘してやりたいところだが、と山南の間にはどうにも割って入りづらいものがある。
それが、土方から中立を指示されているからか、の悪戯の裏側で弱音を吐かない性格をしっているせいか――山崎自身にも分からないが。
「君も十分役に立ってると思うが」
控えめにそう言って、後は
「そんなことない」と強がる姿をみないふりで、聞き流すだけ。
「実践には少なくとも出られないし、かといって、炊事洗濯が万能かっていうと、そうでもないからねえ」
だから残るは研究だけなんだけど。それすら役に立たなかった、とは――彼が羅刹化したことを言っているのだろうか。
――何を考えているんだ、山南さんは。
の話を聞けば聞くほど――聞いて彼女を見張るように言われていたはずが、気付けば山南の方に視点がいく。山崎は、これでは明の代わりだなと思う。
実際明が出ているときに、――山崎は、土方の命でに張り付いていることが多い。
そんなことなど、つゆ知らず、は嬉しそうに、
「だからって、山崎さんの邪魔すんのもよくないってわかってるよ? でもね。ちょっとだけ……」
ちょっとだけ、と。
添えられた手が熱い。熱くて………
「?」
どさっと、急にしなだれかかってくる体。
調整はしているのだろうが、良く見てみれば本気で………眠そうだ。
「もしや――」
寝てなかったのでは?
そう考えると、朝からの異常な元気も、珍しく弱気な発言も、先ほどからの(珍しく)舌ったらずな口調も、みんな納得がいく。
昼間は仕事。夜は羅刹の研究――
少しずつだったがゆえに、気付かなかった。
「山南さんは気付いているのか?」
だとしたら……どうして放置できるのか。分からない。
ふと、人の気配がして横を見やれば、茶屋の娘が此方を見ていた。
「あら? ……寝ちゃったんですか」
「はい――少し疲れていたようで」
「もしよければ、何かもってきましょうか?羽織るものでも」
「いえ」
すぐ帰るので結構です――と、そう、答えかけて、山崎は思いなおす。
「お借りします」
そう、折角の休日だ。休日、なのだ。
「もう少しだけ」
たまには甘やかしてやるのも悪くはない。
本当ならばその位置にいるべき人が放棄したのだ。文句をいわれる筋合いもないだろう。
暗くなるまで、と決めて、山崎は茶をすする。
横の重みにイライラすることはなかった。
【オマケ】
|