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「ぁっ……」
小さく細い声に熱い吐息。
その一瞬は我をわすれて恍惚に浸るが、数瞬さきに過ぎるのはただの後悔だ。
つうと、女の脚から己のものが零れ出て伝う感触がある。
「わりぃ……」
「んっ……」
目を閉じたまま否定にふられる首。
意味を知っていても、原田は抱きかえしてくる身体を静かに放した。
これ以上――
――正直なところ、もう抱きたくねぇんだ……
いや、身体は違う。既に次の準備が整い……このままではマズイという現実的な問題もあった。
密着するどころか、そもそもは近くに居るだけでくらくらするような色女なのだ。
若紫と――源氏のはなしから取って付けられた芸子は、本来身体を売らない。
三味線と、唄を嗜む「上級の遊び」のひと。夜の蝶といえども、そこにかかわれる男どもはほとんどいないことだろう。
吉原の中とて若紫は特別なのだ。
何者にも汚されぬ源氏(男の中の男)の唯一の夢。
その彼女を何故「隊務」で抱かねばならないというのだ。
「眉間……」
その若紫は原田の額をそそとなぞり、呟く。
含まれる婀娜にぞくりと――背の感覚をもっていかれながらも、原田は苦渋の末に嗤った。
「身体は大丈夫か?」
「情報は?」と――こんな場面でも土方なら問えるのだろうか?しかし、自分にはどう考えても無理な話。
まずは心配を――。
ゆっくりと。枕元に用意しておいた布で痕を拭いながら、彼女を労わる。
「いけずな旦那はんやね」
「京ことばはよしてくれねぇか。苦手なんだわ」
「……そう?せやったら戻しはろうか」
「――ああ」
綺麗に笑みながらも、まだ「芸子言葉」を放さない若紫も人が悪い。
しかし、「商売」として、みられている分、もしかしたらその方がいいのかもしれない――原田にはもう、自分が動揺する理由などわからない。
「……こんなことしておいてなんだけどな。お前さん…いい加減、自分を大事にしてやれよ」
「ぷっ」
笑うと少し幼くなる。
――だからの、若紫、か?
真面目にいっているのに。とおもうが、このやりとりももう慣れたモノ。
「報酬として、原田さんをと頼み込んだのは私の方。毎度毎度言うのね……おつかれ、かしら?」
意味ありげに。
それとも、私ごときでは満足できないのかと……問われれば毎度のこと、言葉がとまるばかりだ。
それでも、案じてしまうのだから仕方ないだろう。
原田は今度は、微苦笑でかえした。言葉はない。
若紫という情報屋については昔からきいていた。
もとは土方が頼んだ遊女。芸妓として名うてだとしりすらもせず、彼はなんとなしに遊んだおり、彼女の着眼点の鋭さに驚愕したらしい。それ以降、情報を流してもらう段取りをつけ、今日までにいたる。
しかし、彼女は売れっ子中の売れっ子。半端な金や飾り物に食いつく理由はなかった。
当初は土方自身が有名な人物や、なうての絵師、芸能の師匠を紹介することで繋いでいたらしい。しかし、ここにきてネタもきれ……そこで本人の意向を伺った。
それが全ての始まり。
――なんで、俺かな。
原田はあまねくして女性は美しくあれと願う。また幸せであってほしい。守られていてほしいと思う。
遊女だ、芸妓だで差別はしない。彼女らとて彼女らの幸せがあることは分かる。
だが……
――だからこそだ。
いずれ誰かと所帯を持って、とおもう反面――いや、そうまっとうに願うからこそだろうか。
彼女の強請り方がわからない。
「……戯れでいい」
なんて言わないでほしい。
唇はまだついばんだ名残でプッくりと腫れており、原田を誘うようだ。
今だって、そのうるんだ瞳をみれば、すぐにでも――下世話な話達してしまいそうな雄の部分がある。
「あのな…今日はもうやめた。それより」
「報酬替わりの情報?……女を放って、すぐに実に走るの?」
「あのな」
「嘘よ」
「……おいおいよしてくれよ。俺はお前の――」
ことを思って忠告してんだ。
とは……言いたくとも歯切れが悪くなり言いきれない。
原田は、知っていた。
この女が真に自分を好いているだろうことも。情報の提供という方法でしか、呼び寄せるすべをもたない――そう思い込んでいることも。
――…なんの見返りなしに、愛をこわれりゃ俺だって……
俺だって?
どうだろうか?吉原一の芸妓をさらえるだろうか?
そう問われるとそれもまた分からない。
そもそもの出会いが出会いなのだ。他の関係など……もはや浮かばなかった。
ただ……
「ありがとう。気持ちは嬉しいの。悪いと思うのなら……」
「……朝までいろっていうんだろ。分かってるよ。お前、ねつき悪いしな。むしろそうでもしないと眠れないとかって性質じゃ……」
「失礼ね。……そういえば、隣の寄席で下品な裸踊りを踊っていらしたの、原田さんだったわね」
「……」
くるりと。
背中をむいて女が言う。
ふんとむくれた顔はみせたくないのだろう。
妙なところで勝ち気――本来の難しさがちらりとのぞく。
――こういうのは駆け引きじゃねーんだよな……。
分かるから困る。悟れるほどの距離になったから参る。
それだから、
「すねんなよ、」
肩を抱いて、知らされた本名を囁き――ただただ女が「温かい」と夢のうちにはいるまで耐えるだなんて役目もおわざるをえなくなるのだ。
to be continued
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