鍵(5) >松永・信長他……

【SIDE 信長】

意味の深いようでいて、あまりない、いつもどおりのやりとり。
帰っていく松永を無視して、そのまま濃のもとに向かう。

「たぬきに化かされでもしたか?」

振り向く少女の顔はあまりにあどけない。
最初にあったときと同じくらいなのだろうが、とっさにはそう思わなかった自分がいることに、信長はほっとした。
「狸はないか」と一緒くたに思うのも、今の自分だから、なのだろう。
(かつてなら不自然はない)
そう思ったら、急におかしくなった。

――拘りすぎている。

≪もういっそ浚ってしまえばいい≫
唆した島津が悪いのか、従うと決めた信長が悪いのか。
ほとんど反射といってもよかった。

「信な――」

「比べることにも飽いた」

これ以上しゃべってくれるなとばかりに、思わず、その腕に引き寄せた。
すぐそこで葉桜の一部が髪を彩り、鈍い紅色に染める。
映えていて美しい。美しいが、色味にかける。

――淡い色よりも……。
儚さなど感じない、きりっとした色合いが似合う。

甘いことを考える自分に、顔をしかめていると、腕の中で少女が身じろぐ。

「あ」とたったひとつ漏らされる吐息に。ぞくりとするほど、耳をそばだててるおのれがいるから、

――あまり惑わされても困る。

その場しのぎにキスで唇をふさぎ、言葉を奪う。
それは彼女の望むものではなく……ただ今の彼女を「ちがう」と認識していてなお、そうしたくなってしまったから、しただけのこと。
そうするうちに、口づけが生やさしいものではなくなってくる。
啄むようなものから、やがて明らかな情欲をたたえたものに……。
ハッと気づいたときには、距離感のせいもあり、その腫れた紅の貝――唇以外見られなくなっていた。

「帰る」

誤魔化す気力もない。
けれど……
≪もう少し、知り合う時間もいる≫
そう決めつけて手を取った。

――今いる蝶だからこそ、捕らえたくなるのか。放ちたくなるのか。

「来るか?」

従わせる権利はなかった。
でも否定しない濃に、信長はその手を引いた。
本当は、かつてのようにすぐに「はい」と答えぬことにも苛立つ。戸惑うような、それでいてまっすぐ自分を求めてくるそぶりにも。

――けれどそんなことくらい、なんだというのだ。

わからないなら伝えればいい。
松永のように器用でも浅井のように分かりやすくもないだろうが、


「     」


即物的に欲することを口にする己に、抵抗はない。
震える肩をこちらに寄せて、耳に直に希望を届けた。


――抱きたい――


直情的な囁きに唯一見えている耳たぶがかぁっと染まっていく。
撤回も、抵抗もするきはせず、それどころか酷く淫らな呼び声以外今は聞きたくなくて、信長はそのまま裏門を抜けた。
停めておいたバイクを使うのも面倒だ。
数分のところにアパートがあるのは幸運だった。
織田の家はいくつか自宅以外に信長の仮住まいや、物置を勝手に与えてきた。かつての居城の名残かもしれないが、それにしては大したことがないものだ。いくつかは管理を任せ、一つだけ自分の寝床としてたまに使っている。
この際都合はよかった。
道の最中少女は不安そうな顔をしたが繁華街からそれているせいだと決めつけ、敢えて口にはしない。
さした距離ではなかったから、無言で通せたのは運がよい。言い合えばかえって伝わらなくなる気がした。


*      *      *      *
一番最初のときに似ている。
敵陣に、自分を見定めにきた彼女は、なかば刺し違える覚悟だった。
今まで誰にも散らされぬ蕾ゆえの緊張に震えを堪えるが精一杯のはずが、よくぞ耐えたと思う。

「んっ」

――言葉よりも自分に任せるよう、大きな熱で教える方が早い。
きめてつつみこんだ躰の細さ。
戸惑いと不安の閨にあって、毅然と姿勢崩さぬ少女に、一瞬信長は呑まれた。

『ただのうつけにござりますか』

強く言う瞳は揺れて紅くなっていたが、誘うより深く引き込まれ、最後まで緊張をとかずいたはずの若い己は、濃の前で簡単に、ただの吉法師に戻るすべを覚えた。
出会った頃、平手が「うつけが増した」と悲しんだが、あれは半ば、濃のせいだといいたい。
後までいきていたらあのお目付け役は、自分の功労をしったにちがいない。

与えられた姫は、信長の中で確かな基盤となった。戦わなくとも……、だ。

だが、戦場にあらんとしたのはほかでもない彼女で……だから子を成すより彼女を優先した。

「上総の――」

「信長でよい」

――どちらももう否定はしない。
もっと早くこうすればよかったのだ。

肩口から西洋の香りがした。柔らかくて甘ったるい香水などなくとも、十分いいのに、と。どこか冷静に考えながら、うなじに舌を這わす。
ピクリと反応した娘を、肩の後ろから抱き込み、ゆっくりと横のラインをなぞった。
くぐもった声をもっとはっきり聞きたいが為に、記憶の縁から弱い場所を探す。
何となく「かつて」そうしていたような気がして、宥めるように指を絡め、押さえつける。
それだってただ「今」したいがため。
ズルかろうと、誘われるのは男の性で……わざと煽りたくなるのは、濃の辛抱強さ……意地っ張りのせいだ。

眉間によった皺をほぐすように、額に唇を押し当てても、泣きそうに表情をゆがめるだけだから、
かみ殺すように息が吐かれているから、

「そんなにひどくされたいのか?」

呆れたように言う。
耐えなくていい、素直に快楽だけを受け取ればいい――伝わらぬことがもどかしい。

もっと力を弱めてやればいいのか?

でもこれが昔、彼女が見せなかった「あるべき最初」なら、受け止めたいのもまた事実。

けれどひとたび脚を割れば、ふるりとかすかに鳥肌の立った白い肌を汗が落ち、ひどくこちらの方が急いた。
拒絶する手も好きなようにさせて……でも、少しだけ不満に思うから包み込むように縫いつけ直す。
「厭ならば」と言葉に仕掛けた己は、はじめて、その指が絡められたことを知り、口をつぐむ。

「ぁ」

 やがて誘導するように、浅瀬を浚い、水音をあえて聞かせてみればようやく、彼女が快楽におぼれた悲鳴が聞かれた。


 ――満たされる。


 とはいえ身体は足りぬものを埋めるように彼女にのしかかっていく。
 熱を沈めようと、既に反応したものを宥めるなどかなうはずもなく、待つことなく押し入り、こじ開けた。
 狭く、己になれぬそこは、必死に異物を吐き出そうと蠢くが、時間をかけてほどかした体は緩慢になっており……かえって受け入れる体勢を形作る。

「っ――」

よけようとした結果、脚が絡まり、間を割った体に押し退けられ、容赦なくさらされる。増やされた指に奥をえぐり抜かれる。

「んっ、まっ――」

「十分に待った」

制止を聞かない。
時間をかけ、やわやわとした膨らみに食み、よくほぐし、熱で潤んだその中心……わざとこすりつけるように厭らしく接触させる。背筋にびりびりと痛いくらいの甘さが走った。

いくら解け合っても、溶け切れぬ熱さにもって行かれるその刹那、何とかそこで終わることを回避した。
熱を外で吐き出す。

「信長ー」と耳元に吐息。

初めて呼ばれた気がした。



SIDE 信長
SIDE 帰蝶


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